人に媚びない私は賢くも格好良くもクールでも幸せでもない

私は人に媚びません。

中学生くらいのころから人に媚びることはカッコ悪いと思って暮らししてきた結果、媚びない人間になりました。

そうやって生きてきて思ったこと。

 

人に媚びないことってかっこいいことでもないし、賢い選択でもないですね。

人に簡単に媚びることが出来た人生のほうが幸せだったのではないかと思います。

人に媚びないことがかっこいいと勘違いしていた中二病の時代

媚びるとか、馴れ合うとかそういうのがカッコ悪く見えていました。

自分のことは自分でやって、人に媚びて助けてもらったりしない大人に自分はなれると思っていました。

 

あと人を褒めたり、やたらこれが好きだと公言したり、そういうのは女子の仕事だと思っていました。(偏見)

「マイコそれ似合うー!」「やだー可愛いー!」みたいな。

一徹な男はそういう感情は胸のうちに秘めておくものだと。

 

結果、人を褒めたりしない青春時代を送っていました。

私が媚びだと思っていたものはプラスの感情の塊だった

私が媚びだと思っていたもの。それは表に出すべきプラスの感情ばかりでした。

 

例えば人の長所を素直に凄いと思える「尊敬」

例えば人を喜ばせたい、傷つけたくないと思う「気遣い」

例えば好きなものを好きだと言える「素直さ」

 

人に媚びるためにそれを過剰に表現したり、捏造したりしている人もいますが。

プラスの感情を表現しない人より全然いいじゃないですか。

嘘でも褒めたり、気遣ってもらったり、好きだと言ってもらったほうが嬉しいじゃないですか。

いつの間にか媚びられない大人に

そんなことに気付かなかった私はいつの間にか媚びられない大人になりました。

 

人を褒めることが極端に少ないです。

人の髪型を「いいね」と褒めることも自然にできません。

仲良くしたい人とその周りの人たちを恨めしそうに眺めています。

 

無理に人に媚びようとするとなんだかとても疲れてしまいます。

褒められる人って素敵

中二病のころは馬鹿にしていた「人に媚びている人たち」って、実はすごかったんだなと今になって思います。

 

人を良い気持ちにさせてあげる、なんて優しい人たちなんでしょう。

好きなものを素直に好きと言って、それに関わる人たちに嬉しい気持ちを与えています。

媚びられない人向けライフハック

人は急には変われません。

人に媚びられない私でも、もっと生きやすく、もっと人を幸せにできる生き方をする方法を考えてみました。

本当にすごいと思ったことを声に出して褒める

「すごい」と思っても声に出して褒めることはなかったのですが。

こういったことから褒める練習をしていこうと思いました。

 

良いと思っていないものを褒めると精神が摩耗しますが、自分が本当に良いと思っているものを褒めるのであれば簡単にできます。

違いに気づいたことを伝える

例えば人が髪を切ったことに気がついたとき。

「髪切った?」とだけ声をかけることにしました。

 

「髪切ったんだー!ショートも似合うね!可愛い!」と過度に褒める必要はありません。

ただ違いに気づいたことだけ伝えられれば良いんです。

違いに気づく程度に、あなたのことを見ていると表現しましょう。それは相手にとって嬉しいことです。

過度な媚びが必要な世界からは遠ざかる

どうしても人に過度に媚びなくてはいけない世界というものがあります。

そういった世界に居るとなんとなく居心地が悪い。

無理してそこに居続けると急にスイッチが切れたようにあらゆるやる気がなくなってしまいます。

 

過度な媚びが必要な世界からは遠ざかりましょう。人に媚びられない人間にそこは向いていません。